たまに、「思い出す?」と尋ねられる。尋ねない人も、そういいたがつてるみたいにみえるのだけれどー。夫のことだ。
私はこう言う。「ショートケーキだつたら4分の3の高さまでが、彼で、残りが私。私の体はそんなふうにできてる」。
夫が亡くなって、人生はひとつ終わつた。長男が小1で亡くなった時は、これからの人生は余りの人生だからなにがあつてもどつつてことないと開き直っていた。もうほんとうの幸せはないと感じていたから。でもそこから夫婦で50年生きたのだからすごいもんだ。元旦に長男の墓参りをして、私たちの1年は始まるのだった。常に彼が助けてくれていたから大股で好きに生きてきたように感じる。
長男は、ずつと、よく通勤の電車のガラス窓に映っていた。疲れたとき、辛い時、ふっとあらわれては消えた。手に、今も長男の手の柔らかさが今も残る。
こんどは、彼がいなくなつてしまつた。
元気そうに暮らしてるけれど、どうして彼がいないのか不思議でしょうがない。寂しさにくるまれてしまう。
たまらなく会いたい。
日々が、現実のようでないようなー。
でも明日が来れば、原稿の添削をして、パソコンで原稿を打って、本を読み、ジムで運動して、退職した友人を慰めようと、食事に誘い、あらぬお世話をする自分になる。
誰もが何かを抱えて生きてるんだろうなあ。