好奇心のまま~瀬谷道子が見つけたこと

インタビューしたり取材して、はっとしたことを紹介。いいこと、楽しいことはまだまだこんなにあるよ

被災地へゆく

 「来てくれてありがとう。後押ししてもらっていると初めて感じた」。仙台で被災したAさん。50代。嬉しそうでした。今福島から妊娠中の娘さんが幼い子どもと避難しに来ています。
 9月16、17日、女性誌「ウィメンズ・ステージ」主催の東北支援旅行(仙台)には兵庫、愛知、埼玉、東京、仙台から十五人が参加。
 A子さんとその友人2人が「被災地を見てほしい」と、車2台で被災地を3時間以上走って案内。A子さんは「やっと被災と向き合えた。こんな機会がなければできなかった」と話していました。
 宿泊先は被災したホテル。2か所の昼食先も被災したお店です。
 夜だけの営業なのに昼間店開けてくれたのが居酒屋さん。親方の実家は気仙沼で実家が被災、仮設に住んでいます。郷土料理、鍋物と続き、盛りだくさんの料理に歓声をあげつつ舌つづみ。親方とおかみさんとの談笑を楽しんだ後、車に分乗して被災地へ。
 海岸線にある荒浜地区は、多くの亡くなった方が打ち上げられたところで、一帯は塩に使った畑がどこまでも続き、家の土台がむき出しに。海岸にあつた松の木々が5キロも根こそぎ倒されて飛んで行っている様。布団が山積みにー。生活が一瞬に奪われた場所に立ち、声もありませんでした。
 ホテルの支配人は長年の読者。夜はクラブでのミニコンサート&歌声サロン。旅行に参加してくれた「銀座歌声サロン」で歌っている2人によるものでステージ衣装がそれは華やかでした。1人は母親を介護中でデイサービスに預けて。もう1人も父親の介護中でしたが、先月亡くなられたものの、「父もここに来ることを喜んでいたから」と。ふたりとも「歌で支援をしたい」と駆け付けてくれたのです。
 ホテル側がチラシを全室150室に配ってくれ、宿泊客でびっしり。チラシもポスターも、「すてーじ・刻」のスタッフが作成。素敵な舞台となりました。
 続いて支配人を囲んでの交流です。旅館の女将だったころから今の生き方に触れ、震災で客足が離れ、不安な思いでいた日々、復興めざす決意など一時間以上語ってくれました。
 参加者は仙台の方たちと、食事どきや夜、布団の中でと、おもいっきりしゃべり、冗談やら笑いが絶えない旅となりました。
 帰り際、買い物に寄った市場のおばさんに、「被災地に行ったの」と尋ねられ、行ったことを話すと、「見てくれたの。ありがとう」と手を合わせられたことが忘れられません。