人生には意気軒昂な「上り坂」と、熟年以降の「下り坂」(あまりいい響きではありませんが)と、もうひとつ「まさか」という坂があります。
この坂は相当な曲者で、言葉の響きがどうもいけません。近寄りたくない感じというか、いや~な悪いことが起こると言うか。でもどうやら「まさか」に立っているのは私たち世代が多いようです。
「まさか、夫が倒れるなんて」「まさか、母が認知症だとは」自分にはあり得ないと信じていた(信じようとしていた)ことが突如現実に起こってしまうのです。続いて「どうして私に(が)」と自問してしまい、落ち込んでしまうというわけです。
A子さん(68)もそうでした。転勤族だった夫婦の終いの住み家として選んだのが山里の民家。自給自足でこじんまりとした暮らしを楽しむはずでした。ところが住んで2年目に夫は急死。まもなく「(残された親が)心配だから」と転がり込んできたのがアルバイトで生活している息子。30代後半です。ホントの理由は独身のため、歳をとったらアパートを借りにくいとかなんとか。どんな暮らしに変わったか想像にあまりあります。
そりゃないよねえ、せっかくゆっくり自由にできると思ってたのにねと同情すると、A子さんはそうでもなかったのです。
人手があるし広い家がある。それじゃと自宅をカフェ&ギャラリーにしてしまったのです。こんな人通りにないところで? やっていけるの? と考えるのがダメなのだと言います。
こんなところだからできることがある。それを考えるのが面白いし、息子の感性がまぶしいほどなのだと。傑作なのが息子発案の地域の人達の展示会。年配の方たちのハガキ大の作品展なのですが、実物のインゲンやら間引きした大根を乾かしてくっつけるなど、見応えのある作品に仕上がっていたのです。息子のくすぶっていた力を引き出すことになったようです。
思いもかけずオーナーになったA子さん、「まさかこんなことができるなんて」と新たな発見に嬉しそう。「上り坂」では考えもしなかった生き方でした。
「まさか!」が来たら、さて自分はどっちに転ぶか考えてみたいですね。