「当事責任というか、人として責任をとる、自分がアクセルを踏むという意識が欠けているのではないか」
映像作家・鎌仲ひとみさんの言葉を思い出します。講義をしている明治大学内の喫茶店で会いました。
原発、エネルギー、放射能をテーマにした映画を撮り続けるなかで感じたのが「今こそ価値観が問われているのではないか。素人しまい、考えなくていい、流されていけばいいという生き方でいいのだろうか」と。垂れ流される情報や国に都合のいい話を鵜呑みにするのではなく、本当にそうなのか、自分というフィルターにかけて考えろということです。でも自分の判断基準を持っているかというと、う~ん。
製作した「内部被ばくを生き抜く」を観ました。
原発が爆発したその後の世界に今、私たちは生きている。放射性物質は環境に溶け込み、生態系に入り込み、呼吸や汚染された食べ物を通じて起こる内部被ばくは、現代に生きるみんなの問題になり、これから何が起こるのか、分かりません。
「できることはありとあらゆる可能性を吟味して命を守る努力だけ。私たちは生き抜かねばならないから」
学生たちを横目に鎌仲さん、「学生の多くはあきらめ、抵抗はしても無駄だと思っている。自分が唯一無二の存在だということがわかっていないんだなあ」としんみり。
大人がそのメッセージを伝えきれない。だから子どもたちも生きることをあきらめるのが早く、国全体で命を使い捨てにしているのではないか。それを伝え、替えられるのが女性なのだと指摘します。福島の原発事故後、夫婦の間で子どもをどこで育てるかでいろんな問題や確執も生まれました。
女性の、いざとなればそのために全てを投げ出す勇気と行動力こそが変化を生んで来たこと、命と経済を天秤にかけるのではなく、命を大切にする社会に向かわなかったら原発は止められない、これが数々の映画のメッセージでした。
衆院選の結果に、短絡的に落ち込まず、どうしたらいいのか、足元から考えるべし、ですね。